「いま見ていること」と「思い出していること」の重なり合う風景。現代日本を代表する写真家である鈴木理策の待望の新作『冬と春』は、鈴木のライフワークでもある「White」「Sakura」「Water Mirror」シリーズにおける未発表の新作を主に収録している。鈴木作品において特別な風景とも言いうる熊野の海のイメージで幕を開ける本作は、淡い冬の光と、流氷、波頭、雪原の白をたゆたい、春の到来を告げる桜のシークエンスを経て、春の気配を画像のすみずみに生きづかせる緑の水鏡の連作によって閉じられる。余白を生かして配置された写真から写真に目線を移動させていると少しずつ感じられていく光線と色彩のうつろい。それは、冬から春へと間断なく流れていく時間の中で、あくまでカメラのレンズが写すことのできる世界の表層において、きわめて複雑な変化がこの世界のあちこちで生起していることに気づかせてくれる。そして鈴木理策の写真は、この「生起する瞬間」こそをとらえている。私たちがその写真を目にするたびに新鮮な驚きを感じてやまないのはこのためであろう。決して仰々しくはない、さりげなく、控え目なかたちで表現される「驚き」のシークエンス。もちろんそれは、『冬と春』の大きな魅力であるにちがいない。
「撮影者の経験は、写真の中で見る側の記憶と溶け合う。この本はページとページのあいだを見る人に託している。」(鈴木理策『冬と春』テキストより)
本作で鈴木理策は、冬から春へとうつろう時間の流れにおいて生起する風景と出会い、それをひたすら感受し、「カメラのレンズの純粋さ」に任せるように写真を撮り、配置し、見る人に差し出す。鈴木が出会った光景への応答としての写真の蓄積は、見る人の中で何を生み出すのだろうか。68p 25x19cm ハードカバー 2022 Jap/Eng
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