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No. 9975
野上眞宏: 1978アメリカーナの探求/ Study of Americana. Washington, D.C. Region 1978
7,000円(税込7,700円)

 
1974年に27歳で単身渡米した野上眞宏が、「これなら撮り進めていける」と確信する被写体と出遭ったのは、移住して4年目となる1978年のことだった。当時、野上はワシントンD.C.に近いヴァージニア州アーリントンのアパートに住まい、昼間はD.C.のFBI本部の隣のビルにあったサンドイッチ店で生活の糧を得ていた。毎週末、ホンダシビックを運転して自宅からそう遠くない場所に撮影に向かった。ヴァージニア州のアーリントンやリッチモンド、ワシントンD.C.の市街地、メリーランド州のシルヴァースプリングやバルチモア、国道一号線沿い一帯が《アメリカーナの探求》の撮影エリアとなった。住み始めた当初は退屈な街とさえ感じていたワシントンD.C.近郊のあちこちで、時が止まったような、独特の雰囲気が野上を待っていた。野上が目をとめ、心惹かれたのは、特別な事象ではなく、凡庸さのなかにある魅力だ。時代から取り残されたような、人々とともに長い時間を経てきたことが見て取れるあたりまえの光景――低層の建物が続く小都市の街並みでひっそり営業している洋品店や理髪店や酒屋、路上の標識、アールデコ調建築の映画館、誰もが車で日常的に立ち寄るスーパーやガソリン・スタンドやダイナー、そして看板やパーキングメーター。どれもがノスタルジックでありながら新鮮だ。「《アメリカーナの探求》は、僕が見たアメリカらしさについての視覚的探求」と語る野上がこの地域で発見した魅力は、高校生のときに交換留学生として1カ月滞在したアメリカの他の主要都市とも、その後、1979年から2015年まで住むことになるニューヨークとも、さらには子供の頃から映画や音楽を通して親しんでいた憧れのアメリカとも違っていた。遠くない将来消えてしまいそうな光景は、それが滅び去る前にシャッターを押すことを写真家に促したのだった。渡米前の野上の作品で最も知られているのは、友達だった細野晴臣との交流から始まった「はっぴいえんど」のドキュメントなど、60年代末から70年代初頭の東京のカルチャーシーンをとらえたモノクロ写真だが、その当時から、野上はいずれカラーで撮りたいと感じていた。1975年にロサンジェルスの美術館でウイリアム・エグルストンのオリジナルプリントを見た経験は、願望を実践に移行する後押しとなった。良質のエグルストンのカラープリントを前に、野上は「僕もカラーで撮らなきゃ!」と思ったという。1980年代初頭に「ニューカラー」と呼ばれることになるアメリカのカラー写真の潮流を、野上は1970年代半ばに肌で感じていたことになる。本書のためにエッセイ「夢に現れた本物たち」を寄稿した、ステュアート・ムンロは、写真史的な流れとは別の視点から野上の写真を見る。60年代に消費社会の象徴を挑発的にアートに持ち込んだアンディ・ウォーホル、車社会が生み出したアメリカの郊外風景を論じた建築家のデニス・スコット・ブラウンとロバート・ヴェンチューリなど、視覚文化的な時代背景を野上の作品に関連付けて論じつつも、ムンロは人物がメインの被写体として登場することのないこれらの写真の細部に潜む気配に注目する。《アメリカーナの探求》は、1978年のワシントンD.C.近郊の確かな現実の記録であるだけでなく、その光景の細部に、ボルヘスがいうところの「気まぐれで、偶然の、順序のない、夢のなかの事物」によって紡ぎだされたような物語の断片が潜んでいることをムンロは発見していく。なお、本書巻末収録自筆年譜は、野上を知るばかりではなく、60年代に日本で写真を目指した一人の青年がどんなふうに写真と接し、撮影を継続してきたかを知る楽しい読み物でもある。120p 25x27cm ハードカバー 2022 Eng/Jap

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