石川竜一にとって、ポートレートは重要なテーマであり続けてきた。私たちは写真に写る人を見て、その人が誰であるのかを知ろうとする。年齢や性別、装い、表情、生活の痕跡から、その人について何かを読み取り、意味を与えようとする。しかし、そうした言葉や解釈を重ねても、なお残るものがある。細部まで克明に写し出されるほど、その人はむしろ、何者であるかという理解からこぼれ落ちていく。見えているのに、わからない。目の前の人は、自分の理解には回収しきれない他者としてそこにいる。皮膚の湿度、身体に宿る緊張、筋肉の張り、視線の強さや揺らぎ。光が物に触れ、反射し、カメラへと届く。写真に定着された物質の質感は、見る者の身体にも働きかける。物質的であると同時に、現象的であること。客観としてそこにあるものが、見る者の主観に触れ、感覚を生じさせること。石川はその経験を考えるなかで、主観的に経験される感覚の質「クオリア」へと向かい、さらに、畏怖や魅惑を伴う「聖なるもの」、説明することのできない他者性へと思考を重ねていく。聖性とは、誰かがあらかじめ所有している特別な属性ではない。見ることのなかで、不意に立ち上がる経験の質なのだ。見られるものと見るもの。物質と感覚。客観と主観。そのあいだで、起きていること。写真に写る身体は、ただ観察される対象なのではなく、知覚の媒体となって見る者の身体へと触れてくる。そこには、言葉によって意味づけられるより前に、確かに現れている何かがある。石川はそれを「∃」と記し、「よ」と読む。論理学では「存在する」ことを示す記号である「∃」を、石川はここで、「存在」にさえ先立つ「表し難い現れ」へと開いていく。それは何者かという分類からこぼれ落ち、言葉や記号によって尽くされることなく、それでも確かに、こちらに触れてくるものだ。何が写っているのかではなく、なお、そこにあるもの。『ヨ』は、人を撮り続けてきた石川竜一が、写真に写るものと、それを見る者とのあいだに立ち現れる、名づけることのできないものへと触れようとする一冊である。(publisher's description) 104p ハードカバー 28x23cm 2026
[石川 竜一(Ryuichi Ishikawa)]
1984年沖縄県生まれ。2010年、写真家 勇崎哲史に師事。2011年、東松照明デジタル写真ワークショップに参加。2012年「okinawan portraits」で第35回写真新世紀佳作受賞。2015年、第40回木村伊兵衛写真賞、日本写真協会賞新人賞受賞。
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