本書は、上田義彦の代表作から未発表の初期作品、最新作まで、自ら現像とプリントを手がけた約580点を収録し、768ページにわたりその40年の軌跡を現すものである。
森や家族、河、建物、標本、紙、林檎の木、ポートレート。アートや広告といった枠組にとらわれることなく、上田の一貫して真摯で鋭い眼差しは、世界に存在するさまざまなモチーフを最高の瞬間として捉え、観るものを魅了してきた。自身を取り巻く世界の機微を敏感に察知し、対象への想いを一瞬のシャッターに込める── 「From the Hip」(英題)が象徴する、直感に裏打ちされ、偶然と必然が交差する瞬間に写し撮られた写真は、遥かな時の流れの中の切り取られた一瞬として、見る者の記憶や感情と響きあってきた。
本書の構成は、通常のレトロスペクティブの趣と異なり、一度シリーズとして発表された代表作品を撮影年順に解きほぐし、さらに上田自身の手で最新作から時系列を逆にたどるかたちで編まれた。それは上田の写真がいつも新鮮に立ち現れ、各シリーズをもう一度遥かな時間へと開いていくことを体現するものである。写真を全方位に開いていくありようのなかで、「いつも世界は遠く、」という響きは、上田の写真の魅力のひとつでもあり、写真に本質的に伴う「距離」を浮かび上がらせる。
また、上田が綴った未公開の日記やメモが初収録されていることも、本書の大きな魅力である。光や影、見ることの歓びについて書かれた言葉の数々は、写真の秘密へと触れようとする思索の断片として、もうひとつの軌跡を形づくっている。
上田は、自作について語るとき「奇跡」という言葉をよく使う。それは、写真という不可思議な営みが、自身の意図や行為だけで完結するものではなく、自分の外側にある要素──おそらく写真そのものが持つ偶然性や一回性、そして「距離」に大きく左右されることを知っているからかもしれない。
『いつも世界は遠く、』は、流れる時間を心から愛し慈しみ、今もなお、その遠さの向こうに世界を愛おしく見つめ続ける、上田義彦の眼差しの「旅」と言えるだろう。
四十年の写真の軌跡は、私たちの時間と静かに響き合い、世界との出会いをあたらしくひらいてゆく。(publisher's description) 768p 19x21cm Japanese 2025
"写真本来の能力は、もともと全方位に開かれているのだと思う。
しかし、それを使う人、撮る人の考え方や目的や意図の力が強く働けば働くほど、その能力は限られた方向にしか開かれないのだと思う。
だから僕は、写真の前でもっともっと自由で野放図に、己の眼を開いて世界を受け入れていければと願っている。"
(p.5 手帳より)
"旅の記憶として鮮明に立ち上がってくるのは、不思議なことだが、
写真に撮れなかったことかもしれない。
写真に残せなかったこと、撮ることができなかったことを、
自動的に、記憶として網膜に焼きつけ頭に残しているのだろう。
旅のほとんどは、遙か彼方にぼんやりとして霞み、しだいに消失してゆく。
どれほど美しい景色だったのか、どれほど過酷だったのか、
自分の記憶を人に充分に伝える事はむずかしい。
しかし写真は、それを見れば、いつでも鮮明にその時間が蘇る。
だから、それを可能にしてくれる不思議な装置、カメラとともに旅をする。"
(p.244より )
*9月5日までにご予約のお客さまには、写真家直筆サイン入りのポストカードをお付けする予定です。*9月下旬入荷予定。
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